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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)3258号 判決

原告

株式会社三京企画

右代表者代表取締役

木村一郎

右訴訟代理人弁護士

佐野徹

右同

岡本好司

被告

株式会社テレビ東京

右代表者代表取締役

中川順

右訴訟代理人弁護士

光石忠敬

右同

光石俊郎

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九四五五万円及びこれに対する昭和五八年四月一二日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

原告は、各種の広告及び企画、宣伝、調査等を目的とする株式会社であり、被告は、テレビジョン放送事業等を目的とする株式会社である。

2(放送契約の締結)

(一)(1)  原告と被告は、昭和五七年一月八日、原告がテレビ放送用の漫画映画として制作した手塚治虫原作の「ドン・ドラキュラ」(以下「本件映画」という。)を、被告が一二チャンネル(以下「被告テレビ局」という。)において昭和五七年四月の第一週から毎週月曜日午後七時から七時三〇分までの時間に二六週にわたって放送することとし、原告が被告に支払うべき電波料、ネット諸費及び間接費(以下、単に「電波料」という。)の金額及び支払条件は後日協議することとする旨の契約を締結した。

なお、電波料については、被告が一か月七一六万八一九六円とする昭和五六年一二月二二日付見積書を提示し、現金による前払いを要望したが、原告は、昭和五四年に被告の前身である東京十二チャンネルとの間で手形払いによる取引があって今回も同条件と考え、かつ、見積額は減額されるのが業界の通例であったことから、電波料の減額とサイト一か月の手形による支払を希望し、結局後日の協議に委ねることになった。

(2) その後、原告が被告に支払うべき電波料は一か月五九〇万九一八三円と決まったが、支払条件については手形払いか現金前払いかで協議が整わないまま放送直前を迎えたため、原告と被告は、昭和五七年三月二七日又は同月二九日ころ、翌四月分だけ暫定的に二五〇万円を現金で、残金を同年五月五日を支払期日とする約束手形で支払うこととし、原告は被告に対し、約束手形による支払分の担保としてセーラー万年筆の株式三〇〇〇株の株券を提供することで合意した。なお、初取引を除いて手形による支払が業界の通例であり、被告も、右合意の際、放送開始後の五月分からは原告の手形払いの希望を受け入れる旨内諾した。

(二)  仮に、電波料についての合意が放送契約の本質的要素であり、右(一)(1)の時点ではいまだ契約成立に至っていなかったとしても、原告と被告は、同年三月二七日又は同月二九日ころ、電波料を一か月五九〇万九一八三円とする旨合意したので、遅くとも同日ころには本件映画を二六週にわたって放送する旨の契約が成立した。支払条件については、なお双方の意思の合致をみていなかったが、手形払いか現金前払いかは支払時期の相違にすぎず、かかる電波料の支払時期といった契約の付随的内容について軽微な意思の相違があっても契約は成立し、相違点については双方が信義誠実の原則に従って協議する義務を負うと解すべきである。

(三)  原告が右(一)(2)の合意を履行し、被告は同年四月五日から本件映画の放送を開始した。

3(被告による一方的な契約の破棄)

ところが、その後、五月分以降の電波料の支払について、原告は当初の希望どおりサイト一か月の手形での支払を要請したのに対し、被告は四月分と同一条件を希望して話合いがつかないでいたところ、被告は原告に対し、同年四月二七日、一方的に放送中止を通知し、同年五月三日からの本件映画の放送をしなかった。

4(損害)

本件映画の制作は、被告による放送中止までに八話まで完成し、シナリオは二一話まで仕上り、作画には一九話まで着手していたが、テレビ放映する連続映画は一三話を一単位としており、その一部を特定の放送局で放送した以上、もはや他局で放送することができないので、これらはすべて無駄となった。したがって、原告が右制作に費やした費用全額が被告の契約破棄によって原告の被った損害というべきであり、その額は次のとおり合計九四五五万円である。

(一)  原作使用料 六五〇万円

原作は、本件映画の原作「ドン・ドラキュラ」の著作権者である株式会社手塚プロダクションに対し、原作使用料として六五〇万円を支払った。

(二)  本件映画制作費 合計八七二四万六〇〇〇円

(1) じんプロダクションに対する支払七三〇〇万円

原告は、株式会社じんプロダクション(以下「じんプロ」という。)に対し、本件映画の制作を一話六〇〇万円で発注し、昭和五七年三月末までに七三〇〇万円をじんプロに支払った。

(2) じんプロの下請負人に対する支払い 合計一四二四万六〇〇〇円

被告は、原告に対し、本件映画のタイトルからじんプロの名前をはずすように要求してきたため、同年三月末日、原告は、じんプロとの契約を解約し、じんプロの下請負人との間の直接契約に切り替えるとともに、じんプロが自ら行っていたプロデューサーの仕事を新規に有限会社スポットライトに依頼した結果、被告の放送中止により本件映画の制作を中止するまでに生じた債務額は、小山高男に対するシナリオ第一六話ないし第二一話の代金一〇八万円、グリーンボックスに対する作画料四六九万円、東北新社に対する録音代金四八〇万一〇〇〇円、有限会社スポットライトに対するプロデューサー料三六七万五〇〇〇円の合計一四二四万六〇〇〇円である。

(三)  新潟テレビに対する電波料八〇万四〇〇〇円

原告は、被告をキイ局として新潟テレビとも本件映画の放送契約を締結していたところ、被告の放送中止によって同テレビの放送も中止を余儀なくされたが、同テレビからは番組編成の都合上五月分の放送継続を要求されたため、同テレビに対し同月分の無用な電波料八〇万四〇〇〇円を支払わざるを得なかった。

5 よって、原告は、被告に対し、本件放送契約における被告の債務不履行に基づく損害賠償として九四五五万円及びこれに対する右債務不履行の後である昭和五八年四月一二日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実(当事者)のうち、被告については認めるが、その余は知らない。

2  同2の事実(放送契約の成立)について、(一)(1)は否認する。(一)(2)のうち四月分の電波料について合意した日時、手形による支払が業界の通例であること及び五月分以降の手形払いに被告が内諾を与えたことは否認するが、その余は認める。(二)は否認する。(三)は認める。

原告と被告は、昭和五七年一月八日に放送契約を締結したが、その内容は、①原告が被告に対し、本件映画を、その制作からスポンサーの獲得までを代理店である原告が行う完全パッケージ持込み方式(以下「完パケ方式」という。)により提供し、一か月七二五万円の電波料を毎月第一回目の放送日より一週間前までに現金で支払う(以下、かかる支払条件のことを「前金現金」という。)、②被告は、原告が提供する本件映画を被告放送局において昭和五七年四月の第一週より二六週にわたって毎週月曜日午後七時から七時三〇分までの時間に放送する、というものであった。本件の放送契約は二六週にわたる継続的契約であり、一回限りの取引とは異なり、電波料の額、支払時期・方法は契約の本質的要素であるから、請求原因2(一)(1)のようにこれを後日の協議に委ねるといった内容の契約が成立する余地はない。とくに、本件のような完パケ方式の場合、放送局は期日までに作品が納入されるか否かという大きなリスクを負うことから、極めて信用度の高い大手代理店との取引を除けば、前金現金というのが業界の常識になっており、電波料の後払い(手形払い)などあり得ない。昭和五四年ころの原、被告間の取引は、月額一〇〇万円前後の安い単発のスポット広告の放送にすぎず、月額六〇〇万円前後と高額で長期間にわたる番組自体の放送を目的とする本件とは全く異質の取引である。

また、昭和五七年四月三日には請求原因2(一)(2)のとおり電波料額の減額及び四月分についての暫定的な合意があったが、これは被告が原告の要請を受けて電波料の値引きに応じたうえ、放送日が直前に迫っており番組宣伝も開始されていたため、やむなく譲歩して四月分に限って支払条件を緩和したにすぎない。

3  同3の事実(被告による放送の中止)は認める。しかし、右2のとおり、支払条件については前金現金という合意であったから、被告による放送中止の通知は一方的な契約破棄ではなく、原告の五月分の電波料支払債務の不履行に基づく正当な解除の意思表示である。

4  同4の事実(損害)について、(一)のうち支払済みの金額は否認し、その余は知らない。(二)のうち、原告主張の金額全てが本件映画制作にかかわるものであり、かつ制作のために必要であったこと及びじんプロの下請負人に対する支払が原告の損害であることはいずれも否認し、その余は知らない。(三)は否認する。新潟テレビに対する電波料の支払と本件映画の放送中止とは関連性がない。

三  抗弁(請求原因2及び3に対し)

1(原告の債務不履行による解除)

(一)  支払条件を別途協議する旨の約定は、電波料の支払時期について不確定期限を定めたものであるから、協議成立の見込みがなくなったときにも支払時期が到来すると解すべきである。

(二)  被告は、原告に対し、昭和五七年四月二一日、契約成立当初からの希望である前金現金による五月分の電波料の支払を請求したものの、原告が全額手形による支払を主張するので、翌二二日、四月分と同一条件でもよいという譲歩案を示したうえ、四月分よりも悪い条件であれば放送打切りもあり得る旨警告していたにもかかわらず、原告は全額手形払いに固執して歩み寄らず、もって、遅くとも同月二六日には、被告が誠実に対応したにもかかわらず、原告の責に帰すべき事由により協議成立の見込みがなくなったため、五月放送分の電波料の支払期日が到来し、同日限り、原告は履行遅滞に陥った。

(三)  被告の放送打切りの通告は、右履行時までに原告が五月分の電波料を弁済しなかったことに基づく放送契約解除の意思表示である。

2(合意解除)

被告は、原告に対し、同年四月二七日、同年五月三日以降の放送の中止を通告し、原告もやむを得ないものとして右中止に同意した。原告は、被告の中止通告に対して一週間の放送延長を求めたほか、同年四月三〇日には被告に納入済みの未放送フィルムの返還を、翌五月七日には預託していた株券の返還をそれぞれ受け、さらに同月一一日には被告に対し本件映画フィルムの買取りを求めており、これらはいずれも放送契約の合意解除を前提としたものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(原告の債務不履行による解除)のうち(一)は争い、(二)の事実は否認する。すなわち、

(1) テレビ放映するアニメーション連続映画は一三話を一単位としており、これを目的とする放送契約は継続的契約であるから、支払時期について双方が合意に達していなかった本件においては、継続的契約の場合の原則(民法六一四条の準用)によって対価の支払時期は後払いになると解すべきである。したがって、原告に債務不履行はなく、本件では何ら解除原因が存在しない。

(2) 仮にそうでないとしても、完パケ方式による放送契約においては、放送枠が決定され、いったん放送が開始された以上、約定の放送期間の放送権は代理店に移転し、代理店としては放送枠に穴があかないように作品を放送日までに確実に納入すべく制作にあたっているのであるから、当事者双方は信義誠実の原則により不当に契約関係を終了させて相手に損害を与えてはならない義務を負い、契約の不随的要素に関する意思の不一致や債務不履行を理由に契約を解除することはできないというべきである。そして、前金現金か手形払いかという支払時期の問題は放送契約の付随的要素にすぎないから、右支払時期に関して双方の意思の不一致があったからといって、それを理由に放送契約自体を解除することはできず、いずれにしても本件では解除原因が存在しない。

(3) 仮にそうでないとしても、継続的契約関係に入った以上、被告には、当事者間に合意の成立していなかった電波料の支払時期・方法について、原告と誠実に協議すべき義務があった。しかるに、被告は四月二一日及び二二日の二回原告と協議したのみで以後は協議の姿勢を示さず、被告の要求する支払条件を受諾しない限り放送を打切るという一方的な案を提示してきたもので、十分な協議を尽くして右義務を果たしたとはいえないから、いまだ解除権は発生していない。

(4) 仮にそうでないとしても、解除するにあたっては相当期間を定めた催告が必要である(民法五四一条)ところ、被告は、相当期間を定めた催告をすることなく、一方的に放送打切りを通告してきたものであるから、被告には解除権が発生していない。

2  同2(合意解除)前段の事実は否認する。

同2後段の事実があったことは認めるが、一週間の放送延長の申入れはあまりに唐突な放送中止に対する翻意を促したものであり、その余の行為も被告に翻意の可能性がないことから損害の拡大を最小限に押さえるためにやむなく採った措置にすぎない。原告は、莫大な費用をかけて本件映画を制作中であり、また商標化権や国内外への番組販売に関する契約も締結していたのであって、放送打切りに同意することはあり得ない。

五  再抗弁(抗弁1に対し)

(解除権行使の濫用)

(一) 原告にとって、放送中止は致命的な打撃である。すなわち、原告にとっては番組制作作業及びそれに伴う支出が先行し、反対に収益は、スポンサーからの広告料収入のほか、商標化権や番組販売、ビデオ販売等による収入が放送開始以後に生ずるという関係があるため、途中で放送を中止されては費用回収の道を閉ざされることになる。しかも、本件では被告の指示によって放送順の入替えを行ったため、制作作業に混乱が生じ、制作費も増加していた。また、完パケ方式において、原告が公共の電波を利用するものとして負担する最大の債務は、放送日までに完成作品を確実に納入することであるが、原告はこれを果たしていた。

(二) これに対し、被告は、民放といえども公共の電波を預かる半公益の企業であって、多数の視聴者の期待を裏切ってはならない責任を有しているものであり、完パケ方式の場合に代理店である原告が収益をあげるまでの右(一)の過程も十分承知していた。しかも、完パケ方式の場合、放送局は自ら番組を制作するのとは違い、電波料さえ受領できればよいのだから、本件における被告のリスクは原告に比べて小さいうえ、原告と被告の意思の不一致は電波料の前払いか後払いかという契約の付随的事項に関する点にあったすぎず、被告のような大企業はかかる電波料の支払時期如何で企業生命を左右されるようなことは全くない。現に、被告は、昭和五四年の原告との取引においては手形払いに応じているし、本件映画の放送打切り後二か月間は当該放送枠について電波料の収入が一切なかったにもかかわらず健在である。また、当時既に、本件映画のフィルムは二回先の分まで納入されていたうえ、原告はスポンサー二社と契約済みで他の一社とも交渉中であり、海外への番組販売契約も締結し、被告はセーラー万年筆の株券を担保として預っていたのであるから、被告には番組継続について何ら不安はなかった。さらに、本件映画は好評で視聴率も良かった。それにもかかわらず、被告は、放送後に電波料が不払いだった場合の営業サイドの責任を回避したいという、もっぱら営業サイドの採算ベースを番組内容よりも優先させて、相当の猶予期間も置かずに本件放送契約を解除し、原告に多大の損害を被らせ、後続の番組が決まるまでの二か月間再放送のアニメ番組を流しただけで視聴者の期待をも裏切った。

(三) 以上の諸事情に照らせば、被告の解除は信義誠実の原則に反し、権利を濫用するものであって許されない。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁(解除権行使の濫用)について、(一)の事実のうち放送順の入替えを指示したことは認めるが、その余は否認する。フィルムの手直しをさせることは、完パケ方式に通常伴う作業である。(二)の事実のうち被告の立場、昭和五四年時の取引条件、フィルムの納入及び株券預託の事実、放送打切り後二か月間再放送のアニメ番組を流し、その間電波料の収入がなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。(三)は争う。

電波料不払いの場合にも放送契約を解除することができないとすれば、放送局は代理店の主張する支払条件で放送を続けなければならないことになるが、それでは著しく不合理である。むしろ、完パケ方式の場合には代理店が独自にスポンサーまで探す形態をとるのであるから、原告には電波料の支払に支障がないように準備する責任があったというべきである。また、完パケ方式の場合に被告のリスクが大きいこと、及び、昭和五四年時の取引が本件とは全く異質の取引であって比較の対象とならないことは前記二2のとおりである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1及び2の事実のうち、原告と被告(テレビジョンの放送等を目的とする株式会社)が、電波料を一か月五九〇万九一八三円とし、昭和五七年四月分の電波料については、二五〇万円を現金で、残金を支払期日同年五月五日とする約束手形でそれぞれ支払い、右手形支払分の担保として、原告が被告にセーラー万年筆の株式三〇〇〇株の株券を預託することで合意し、原告がこれを履行した結果、同年四月五日に本件映画の放送が開始されたことは、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告(各種の広告及び企画、宣伝、調査等を目的とする株式会社)は、昭和五四年、被告(当時の商号は東京十二チャンネル)との間で、三か月間のスポット広告の放送契約を締結したことがあり、そのときの一〇〇万円前後の放送料の支払条件は全額サイト一か月の手形払いであった。また、原告は、テレビ朝日との間で、完パケ方式により「みんなの釣り天国」という番組放送契約を締結し、右番組は昭和五五年四月から昭和五七年九月まで放送されたが、原告とテレビ朝日とは初取引であり、電波料約一三〇万円の支払条件は前金現金であった。

2  原告は、昭和五六年二月ころから、本件映画のテレビ放送を企画していたところ、被告が他のテレビ局に比べて電波料が安いうえ、大阪にネット局を開業する予定であることを聞き及び、被告に対し、本件映画を完パケ方式により昭和五七年三月ないし四月から、ゴールデンタイムにおいて三〇分間被告放送局で放送したい旨希望を述べて、その放送の可否の検討を依頼した。これに対し、被告は、昭和五六年秋ころ、本件映画放送を承諾する意向を表明し、同年一二月二二日ころ、電波料を一か月七一六万八一九六円とする見積書を原告に提示した。また、本件映画の制作にあたっていたじんプロは、以前被告との間で問題を起こしたことがあったため、被告は、原告に対し、じんプロを制作スタッフからはずすように要請した。

3  被告は、昭和五七年一月八日、四月以降毎週月曜日午後七時から七時三〇分という放送枠を正式に提示し、原告は、月曜日が最適とは思わなかったものの、被告の提示した枠を承諾した。原告が放送枠利用の対価として被告に支払うべき電波料は、放送エリアの大小、エリア内の受信機数、時間帯による視聴率等、放送の広告価値によって決定されるもので、その金額については放送枠ごとに放送局の定める定価があり、右放送枠の場合の被告所定の対価は七二五万円であったが、放送業界においては放送局提示の定価のとおり放送契約が成立することはほとんどなく、放送局と代理店の双方が協議のうえ減額されるのが通例であったから、本件においても、原、被告双方ともに、定価額を承知していたものの、定価額が最終的な決定額になるわけではなく、改めて話合う余地を残していることを認識しており、電波料の額については、この日に最終的な合意に至ったものとは考えていなかった。また、支払条件については、スポットの放送か番組の放送かといった取引形態のほか、何よりも代理店の信用度によって決せられることが多く、被告は、新規の取引や二年以上にわたって取引のない代理店と放送契約を締結する場合には、前金現金を原則としており、とくに完パケ方式の場合は放送日までに確実にプリントが納入されなければ番組に穴があくため、電波料を代理店から前金現金でもらうことによりプリント納入の担保とする意味もあって、極めて信用度の高い大手代理店の場合以外は前金現金にしており、本件でも、原告とは昭和五四年に一度単発の取引があったことは知っていたが、番組放送契約は初めてであって、しかもゴールデンタイムにおける完パケ方式なので、前金現金を要求した。原告もまた、テレビ朝日との完パケ方式の取引において前金現金を支払条件としたことがあり、かかるテレビ局側の事情は業界の通例として認識していたが、既に多額の制作費等を支出し、資金繰りの目途がたたなかったため、電波料の減額と手形による支払を希望しており、昭和五四年の被告との初取引が全額手形払いだったうえ、テレビ業界では大抵のことが当事者間の話合いで決着がつけられるという経験を持っていたので、以後の交渉次第では、本件取引でも、手形払いの合意をとりつけるのは必ずしも不可能ではないと考えていた。

4  その後、原告の制作スタッフと被告の編制局との間でしばしば打合せの機会がもたれた。昭和五七年二月初旬には本件映画の試写会が行われたが、最も視聴者にアピールしなければならない第一話目の仕上りに被告編制局の担当者が不満をもち、原告に対し、第一話の後半部分と第二話の後半部分を入れ替えるよう指示した。連続物のアニメーションの制作は、一話の制作に着手した後、その完成をまたずに段階的に次回分以降の制作に着手していく工程をとるため、右指示によって、既に制作の進行していたプリントについても第一三話目までかなりの範囲にわたって修正を加える必要が生じ、原告の制作費用が増加することになった。

5  他方、原告は、同月に入り、被告との間に業界の大手代理店である博報堂を介在させる、いわゆる「博報堂まわし」、すなわち、被告との間の放送契約の当事者を博報堂にし、原告は、博報堂が被告に電波料を支払って獲得した放送枠を利用して本件映画を放送し、博報堂に対価を支払う方法を考え、博報堂との交渉に入った。これによって、原告には、電波料の支払条件が直接被告に支払う場合よりは緩和され、スポンサー獲得の協力も得られるという利点があり、被告としても、原告から博報堂まわしの交渉中である旨聞き、信用度の高い博報堂が入ることには好意的だった。その間、同年三月上旬、被告がじんプロを制作スタッフからはずすように指示していたにもかかわらず、原告が納入した作品にじんプロの名前が入っていたため、被告は、原告に対し修正を指示し、また、同月二四日からは、被告放送局において、原告の制作したフィルムによる本件映画の番組宣伝も開始されたが、支払条件の協議はなお棚上げされていた。しかし、同月二六日になって、原告は、被告に対し、博報堂まわしができなくなったと伝えてきたため、被告が四月分の電波料の支払を原告に請求したところ、原告から電波料の減額と手形払いを要請してきた。これに対し、被告は、同年四月三日、電波料(原告が広告代理店として取得すべきマージンを控除した金額)を五九〇万九一八三円に値引きしたが、支払条件については当初から前金現金を要求していたため、手形払いを拒否して再度前金現金を求めたところ、原告は、二五〇万円を前金現金で支払い、残額を支払期日同年五月五日とする手形払いとし、手形分の担保としてセーラー万年筆の株券三〇〇〇株を預託する旨の協議案を示した。そのため、被告は、放送開始を直前に控えており、既に番組宣伝も開始していたため、原告提案の支払条件を四月分に限って受け入れることを決めた。また、原告と被告は、四月一日、本件映画の放送に付随する商標化権に関する契約を締結し、契約書も作成した。しかし、放送業界では、放送そのものに関する契約書は作成しないのが通例であり、本件でも放送自体に関する原、被告間の合意内容を書面に表したものは存在しない。

6  原告は、四月五日の午前中までに右暫定案を履行し、同日から被告放送局において本件映画の放送が開始された。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実によれば、被告は、放送受諾の意思表示といえる放送枠の提示以後、通常は電波料が減額されることを十分に承知のうえで、制作プロダクションの変更を指示し、本件映画の放送順に注文をつけ、あるいは本件映画放送に付随する商標化権に関する契約を締結するなど、本件映画を放送することを前提とする行動をとっていたことが明らかであるから、原告と被告は、昭和五七年一月八日、電波料の額及び支払条件についてはなお最終的な合意に至らず、後日に持ち越したものの、本件映画を被告テレビ局が被告提示の放送枠において二六週にわたって放送する旨合意し、ここに放送契約が成立したものと認めることができる。

もっとも被告は、電波料についての合意は放送契約の本質的要素であり、この点について最終的な合意のないような放送契約は成立の余地がないと主張する。確かに、右に認定した事実によれば、完パケ方式による放送契約において、電波料は、代理店が放送局に対し、放送局の取得した電波利用の権利を使用する対価として一か月単位に支払わなければならないものであることが当事者間の了解事項となっているといえるから、対価たる電波料支払の合意は、放送契約における本質的要素であるということができる。しかし、この業界において具体的な電波料額がテレビ局側の見積額のとおりに決まることはまずないにもかかわらず、被告は、放送枠を提示して放送受諾の意思を明示した時点において、金額の最終的な確認を求めておらず、かつ、支払条件についても代理店の信用度、従来の取引関係等によって必ずしも一律ではないというのであるから、完パケ方式の場合、たとえ電波料の額及び支払条件についての最終的な意思の合致がなくても、代理店の提供する番組をテレビ局において特定の放送枠を指定して放送する旨の合意に至り、かつ、電波料として一定額を代理店がテレビ局に支払う旨の基本的な合意さえあれば、その時点で放送契約は成立したものと解するのが相当である。電波料の額及び支払条件は、放送局が約定の放送をする以前に全部又は各月毎に確定すれば足るというべきである。

二請求原因3の事実(被告による放送の中止)は当事者間に争いがない。

そこで、抗弁1(原告の債務不履行を理由とする解除)及び再抗弁(解除権行使の濫用)の各主張について判断する。

まず、被告が原告に対し放送順の入れ替えを指示したこと、被告が公共の電波を預かる企業であること、放送中止を原告に通告した時点で、被告は担保の株券を保持しており、また二週間分のフィルムの納入を受けていたこと及び被告が放送打切り後二か月間再放送のアニメ番組を流し、その間電波料の収入がなかったことは、いずれも当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  被告は、支払条件は前金現金であると考えていたので、昭和五七年四月二一日、原告に対し五月分の電波料の支払を請求したところ、原告は、本件映画の制作関係に更に多額の費用を必要とするなど資金繰りに窮し、前金現金による支払が不可能であったため、全額サイト九〇日の手形による支払を要請した。被告の担当者である東荘太郎と安田陽一は、原告提示の支払条件が前述の四月分よりもさらに悪化したことから、右条件では被告内部の説得は困難である旨告げ、前金現金による支払を求めたが、原告代表者木村は、自ら被告営業局の責任者にあって了解を得たいと申し入れ、翌二二日被告を訪れ、被告営業局次長であった田中宏之助に原告の希望を伝えた。これに対し、田中は原告の希望を容れることは難しく、一応営業局の局長、局次長などで構成される幹部会に諮ってはみるが、了解を得られないときは、前金現金で電波料を支払ってもらわなければ放送打切りという非常事態もあり得る旨警告するとともに、せめて四月分と同条件であれば被告内部の説得に努力してみる旨譲歩案を示した。連続番組の放送を一単位の終了をまたずに打切ることは、出演者に不慮の事故が起きた等の場合は格別、そうでなければ被告放送局にとっても信用失墜を招く不本意なことであり、また、視聴率が悪いなどの理由で放送を打切るにしても、通常は事前に通告した上で、一単位の終了をまって打切っており、その意味でも四月一杯で打切ることになるとまさに異例の事態となるので、被告としてもそれは何とか避けようと考えていた。しかし、原告は、無理をすれば四月分と同条件による支払に応じることもできたにもかかわらず、なお全額手形払いを主張して譲らなかったため、結局、被告が後日開かれる幹部会に諮り、その結論を原告に伝えるということになった。この時点では、原告は放送打切りがあるとは考えていなかったし、被告も二六回放送するつもりでおり、支払条件が回復することを期待していた。

2  放送業界では、基本契約の内容を書面では確認せず、口頭での取引がなされているため、従来の取引等から信頼関係のできあがっている代理店が相手の場合以外は、最も重要な電波料の回収について慎重を期さざるを得ず、完パケ方式の場合には営業の条件が最優先し、放送の継続又は中止の判断も被告内部では営業サイドの決定事項だった。そして、同月二六日に開かれた被告営業局の幹部会では、かかる観点から原告が二月に博報堂まわしを試みたこと、放送直前になってから四月分、五月分と原告の希望する支払条件が悪化する一方であること、これらの事情から十分なスポンサーがついていないと推測されることが問題とされ、特別に原告の経済状態を調査することはしなかったものの、原告の財政状態には非常な不安を感じるので、前金現金による支払がなされない以上、放送打切りもやむを得ないという結論が出され、右結論は東から原告に伝えられた(なお、原告は当時、数社のスポンサーと契約を結び他社とも交渉中であったが、完パケ方式の場合、スポンサーの獲得の責任は代理店にあるため、被告は、スポンサーの状況にはとくに注意を払っておらず、正確に把握もしていなかった。)。そこで原告は、放送打切りだけは何としても避けてほしいと要望したが、東は、原告が四月分と同条件という案すらのまなかったことから、もはや歩み寄る可能性はないと考え、右決定は被告の最終意思決定であると告げただけで、それ以上に、再度原告を説得して前金現金による支払を履行させようとはしなかった。そのため、原告ももはや被告と交渉して手形払いを承認させる余地はないと受け止めざるを得なかったが、かといって前金現金で支払うから放送を継続してほしいと求めることもせず、かえって地方局への説明などのための猶予期間として一週間の放送延長を申し入れた。被告は、電波料さえ前金現金で受領できるのであれば、右申し入れに応ずる意思があったが、延長分についても原告は手形による支払を主張したため、合意には至らず、五月以降の放送は打切られた。

3  放送打切りにより、被告では番組に穴をあける結果となり、後続の番組が決まるまでの二か月、再放送のアニメーションの番組を放送し、その分についての電波料の収入は一切なかった。他方、原告としては、キイ局である被告による一部放送後の打切りに伴い、もはや他局で放送することが不可能となった本件映画の制作を続行するわけにはいかなくなったが、地方局からは、突然中止するわけにはいかないとの理由から放送継続を要請されたため、放送打切りの時点で、本件映画の制作は六話まで完成し(完成分は被告に納入済みであった。)、七話のアフレコに入っていたほか、シナリオが十九話まで、原画が十六話まで、動画が十三話までそれぞれ進んでいたところ、直ちに制作を中止することはできず、八話まで完成させて地方局の了解をとりつけた。原告は、本件映画の制作に数千万円の投資をしており、テレビ放送を一、二回リピートするまでは支出超過で、収益がでるのは二、三年先になると考えており、その収益源としては広告料収入、国内へのリピート販売、海外への販売、商標化権による収入等を見込んでいたが、放送中止によりかかる収入の道も閉ざされた。そればかりか、既に二六話完成することを前提に番組販売や映画上映の契約を締結し、一部代金も受領していたため、これらについては返金の必要が生じた。被告も、一般に完パケ方式でテレビ放送用の連続番組を制作した場合には放送開始後に商標化権や番組販売によって収益があがってくるものであることは認識しており、また、原告が本件映画の制作に六〇〇〇万円ほど出資したと言っていたことは知っていた。

以上の事実が認められる。

もっとも、原告代表者は、被告から前金現金以外の条件の提示を受けたことも、五月分について前金現金で支払いさえすれば放送を継続する用意があると言われたこともなく、突然一方的に放送打切りを通告してきた旨供述しているが、〈証拠〉並びに前認定の事実に照らし、右供述部分は信用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右に認定した事実によれば、被告は、四月二二日の時点で、必ずしも前金現金でなくても四月分と同様に一部現金、一部手形ということなら検討する用意があることを明言していたのに対し、原告は、四月分と同条件による電波料の支払も無理をすれば可能だったにもかかわらず、一貫して全額手形による支払を主張して譲らず、また同月二七日の被告による打切り通告に対して現金による支払の意思を表明して翻意を促すこともなかったというのであるから、同日既に原、被告間には電波料の支払条件について協議の余地がなくなっていたと推認することができる。

ところで、継続的契約関係において、後日の協議に委ねていた事項をめぐって当事者間に協議の余地がなくなった場合の法律関係については、契約の継続を期待し難い特段の事情がないにもかかわらず、一方当事者が協議に応じなかったような場合は、当事者には誠実に協議に応じ契約の継続を図るべき義務があるのであるから、信義則上、その当事者からする契約の解除は許されず、他方、一方当事者が真摯に協議成立に向けて努力を重ねたにもかかわらず、協議が不成立となったような場合であれば、当該当事者の責に帰すべからざる事由によって円満に契約関係を維持継続していくことができなくなったのであるから、当該当事者は、協議不成立を理由に将来に向かって契約を解除することができるというべきである。この理は、放送契約における電波料の支払時期について、当事者間の合意がない場合に、前払い又は後払いのいずれの考えをとっても異なるところはないと解する。そうだとすると、被告の前記抗弁は、被告の責に帰すべからざる事由により契約関係が円満に継続できなくなったことを理由とする解除の主張であるとみることができ、他方、原告のこれに対する認否並びに再抗弁は、契約の継続を期待し難い特段の事情がなかったから、信義則上被告の解除は許されず、あるいは権利の濫用にあたる旨の主張であると解せられる。

そこで以下、先に認定した事実関係を前提に検討すると、確かに、原告は、継続的な放送契約の成立によって、約定の放送期間の放送枠を利用する権利を取得し、それを前提に準備を進めているため、契約が解除されれば多額の損害を被るであろうことは十分に予想できるところではあるが、前記二で判断したとおり、被告にとっては、電波料の受領こそが放送義務に対する対価にあたる重要な事実であって、原告の希望する支払条件の悪化等の客観的事情に鑑み、その経済状態に不安を覚えるのは至極当然であり、たとえ被告が公共の電波を預かるものであり、視聴率がよいとか、あるいは事前にフィルムが納入されている等の事情があったとしても、原告の経済状態に信用が持てなくなった場合にまで、被告に放送継続の義務があるとは到底いえないから、信用不安が原因となって支払条件についての協議が整わなかったことは契約を継続し難い特段の事情にあたり、契約を解除することもできるというべきである。また、被告は、五月分の電波料について、当初からの希望であった全額前金現金による支払にのみ固執していたわけではなく、その後一部手形による支払にも応じる姿勢を示していたのに対し、原告は、全額手形払いから一歩も譲っていないのであるから、むしろ原告のこのような態度に問題があるというべく、被告の対応をもって不誠実と評することはできない。そもそも原告は、本件映画の制作企画によって将来的に利益が上がってくるものと期待していたとはいっても、それは二年ないし三年先の長期的な展望に立っているのであって、本件映画の制作にあたっては、その収益を得る前に多額の支出を要することも初めからわかっていたのであるから、毎月の電波料の支払を手形払いにするといった形で一、二か月程度の金融の利益を得て急場を凌ぐことを考える前に、本件映画の企画制作にあたり必要不可欠な経費である電波料を賄えるような資金手当を施しておくべきであり、この点につき十分な準備を欠いていたものといわざるを得ない。更に、被告は、放送中止もあり得る旨警告しながら協議に臨んだ後、原告の申し出た一週間の放送延長にも応ずる姿勢を示していたのであって、突然一方的に放送中止を通告したわけではないから、解除に先立って改めて相当の猶予期間をおく必要があったとまではいうこともできず、他に協議が不成立に終ったことにつき被告に責に帰すべき事由があったと認めるに足りる証拠はない。したがって、たとえ原告がその主張どおり被告の放送中止によって多額の損害を受けたとしても、被告の放送打切りをもって信義則に反する解除権の行使であるということはできないし、それは権利の濫用にも該当しない。

以上のとおりであるから、結局、被告の解除権の行使は有効といえる。したがって、原告のその余の主張を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないといわざるをえない。

三よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大澤巖 裁判官木下徹信 裁判官萩本修)

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